ニトクリスの月

 Nitocris

 

 

新ゼロ世界にゼロデビジョーが現れる話。 

 

平成29年(2017年)10月発行の 29アンソロ本「朝目覚めると俺の隣に別世界線のジョーが寝ていた」にて

新ジェットとデビジョーのカップルを担当させていただきました。

 

 

 

 

同人界でご活躍の作家様がたが

それぞれ別シリーズのジェットとジョーの組み合わせで描いた作品のアンソロジーです。

 

私しろくま一人が素人で それだけがお恥ずかしいのですが、

全体では素晴らしい本に仕上がっています。

 

ご興味ある方はぜひ BOOTHでご購入ください。

 

 

全年齢対応ですが女性向けなのでご注意ください。

 

 2017/Oct.

 

 

 

 

発売から一年経過し、

歴代29シャッフルアンソロジーに寄稿した私の原稿を再録しました。

 

 こちら 

 

 2018/Oct.



 

 

 

没ネタに愛の手を2nd

 

このページの小説は 29アンソロジーで描かせていただいた 

新ゼロ世界にデビジョーが現れる話のボツ作品です。

主催者様の許可をいただいて掲載します。

  

前回の「没ネタに愛の手を」は こちら

 

  

 

デビルマン、ほとんど知りません。はるかな昔テレビで見たきりです。

こんな知識で描いてしまってすみません。

 

オリキャラいます(化け猫だけど)

表に出ない作品だからいいか! とばかりにハメを外して妄想したので自分設定多々あります。 

 

お嫌いな方はご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

ニトクリスの月

 

 

 

 

 

雨が続きの真夏が終わると うだるような残暑が襲ってきた8月だった。

 

それでも次第に夕方が早くなり、季節は移り、日の傾きとともに吹き始める夕風が秋の到来を教えてくれる。

まだ浅い夜には上弦の月が輝いてた。

 

そんな月を見上げて ジョーと過ごした。

 

そして翌朝、 ことは起きた。

 

 

 

 

 

 

 

ジョーが消えて、「ジョー」を名乗る男が現れた日の午後のことだった。 都心に怪物が出現したとの第一報がギルモア邸に入った。

 

 

ちょうどそのとき、仲間たちは張々湖が作ってくれたブランチの中華風の野菜炒めと水餃子を平らげ、ひと心地ついたところで 謎の「ジョー」の正体を確かめようとしていた。

 

 

新たに現れたジョーは二十代前半だろうか? 彼らの仲間のジョーより少し年上に見え、その髪の色のように明るい性格らしく、積極的に張々湖の料理の手伝いをしたりフランソワーズと談笑したりしていた。

 

 

本来なら第1級警戒しなくてはならないところである。が、もともと人の好い張々湖やグレート、ジョーの笑顔に弱いフランソワーズは ついうち解けてしまう。用心深いアルベルトやジェットには それがいっそうの緊張と不信をもたらしていた。

 

 

 

 

 

「ジョー」は 朝起きるとこの世界のジェットの隣に眠っていたこと、自分の名前は「島村ジョー」で、ブラックゴーストに改造された機械の体であることを告げた。

 

「本当じゃよ。」ギルモア博士が言った。

「簡単に調べたが、彼の体は半分以上が機械だった。君たちの身体と多少設計が違うようじゃが、高性能の・・・戦闘用サイボーグに間違いない。」

改めて告げられるとメンバー全員に緊張が走る。

 

「ほらね、言った通りでしょ。」とばかりにニコニコしてるのは 本人だけだった。

 

ジョーはパジャマ姿でジェットのベッドにいた。

持ち物はなく、文字通り身体一つでこの家に現れたから、当然服もない。パーカーを借りてパジャマの上に羽織っていたが、今はジェットのスウェット上下を借りて部屋着代わりにしていた。

この世界のジョーなら多少だぶついただろうが、新たに現れた「ジョー」にはぴったりフィットしていた。

 

 

「で、君が我々の敵でないと証明することはできるのか?」

アルベルトが重々しく言った。

「証明はできないな。信じてもらうしか。」

と正体不明のジョー。

「無茶言うぜ。朝、俺のベッドに潜り込んでジョーを名乗られたって、ああそうですかと受け入れるわけないだろう。だいたい俺の・・・いや 俺たちの知ってるジョーはどこへ行ったんだ?」

午前中いっぱいかけて全員で探したのだが、彼らの大事なメンバーであるジョーはどこにも見当たららなかった。

「言え。もし知っているのならな。」

ジョーは困った顔をした。全く見当がつかないなら、そう告げるだろう。だが軽く握った指の関節を唇に当てている姿は 何かを知っていて、告げていいものか迷っている様子だ。

 

「お前が誰か知らないが、ジョーは大事な仲間だ。もし危険な場所にいるとしたら、すぐ助けに行かなくてはならない。お前も友人を持っているのなら、我々の気持ちもわかるだろう?」

それまで黙っていたジェロニモが口を開いた。

 

全員の視線が集中するとジョーは少し居心地悪そうに、料理の後に出されたプーアール茶を一口飲んで向き直った。

「悪魔って信じる?」

「あくま?!」

意外な言葉に全員が声をそろえた。

「そう、悪魔=デーモンともいう。僕は信じなかった。この目で見るまでは。」

しばしの沈黙が流れた。00ナンバーズは世界各国から集められている。それぞれの母国に伝わる悪しき魔物の姿が脳裏にうかべた。

 

「ブラックゴーストが悪魔を召喚したんだ。サイボーグと融合させて最強の軍団を作り出そうとした。」

ごんっ

背後から拳が飛んできた。後頭部を殴られて、ジョーはテーブルの上に額をしたたかに打ちつけてしまった。

 

「馬鹿か、おまえは!」

 

 

拳を握りしめて ジョーの後ろにジェットが立っていた。「それとも俺たちをからかってんのか。」

ジョーは後頭部をさすりながら頭を上げた。

 

「これを信じてもらわなきゃ、僕の話は全部作り話になってしまう。」

「俺たちが知りたいのはジョーの行方とお前の正体だ。世迷言語らずにさっさとはけ。」

 

殴られたことにも信じてもらえないことにも腹をたてず、ジョーはどう話そうか考えているようだ。イライラとしてジェットは怒鳴った。

「それともジョーは悪魔に連れ去られたとでも言う気か?」

「そうなんだ。」

もう一度ジェットの拳が飛んできた。

 

突っ伏したジョー頭の横で中国の茶器がガタガタ揺れている。このままでは割れてしまうと判断したのか、張々湖がテーブルの上の食器を全て片付けた。

 

 

 

 

 

 

「お父さん、おとぉさん、魔王がいる~。ってか?」グレートが誰もが知る名曲の合いの手を入れて場を和ませようとしたが、白い沈黙に押し戻されて黙り込んだ。

 

「なら、ジョーを助けに行かなければならない。君はどうすればいいのか知っているのか?」

ピュンマは努めて冷静に尋ねた。いつも冷静な彼の声にも仲間を心配する響きがあった。

 

ジョーはもう一度考えて、メンバーたちの不安を取り除くのが先だと判断したらしい。

「君たちの探してるジョーなら、大丈夫。僕の仲間たちのところにいるはずだから。」

「仲間?お前と同じサイボーグの?」

「そう、君たちと同じ、 僕の仲間の00ナンバーサイボーグ。彼らは君たちのジョーを守ってくれてるだろう。」

「お前はいま、俺たちのジョーはデーモンに連れ去られたと言ったが?」

 

「デーモンの力でないと別世界の扉は開けない。僕をここへ送り、代わりに君たちのジョーを連れ去ったのは僕たちの仲間の・・・デーモンなんだ。」

「なかまのデーモン?」

みなが怪訝そうに顔を見合わせた。

「僕も彼についてはよく知らないけど・・・デーモンと融合して悪魔の力を手に入れた人間らしい。決して悪いやつじゃない。」

「さっき言ってた、お前たちの世界のブラックゴーストが目指した悪魔人間か?」

「まぁ、それの先駆けというか・・・。ブラックゴーストが試みるより先にセルフで悪魔人間になった人・・・らしいです。」

 

ジェットは深くため息をついて拳を下ろした。

デーモンだとか悪魔人間だとか、神を信じない彼にとって ホラ話を聞かされたと思えればどんなに楽か。

だが、現に彼のジョーは消え去り、代わりによく似た別人の「ジョー」がいるのだ。

 

 

「お前の言うことが本当なら、俺たちのジョーは無事なんだろうが。。。。」

アルベルトはひとまず追求を止めた。

他に手がかりがない以上、目の前にいる異世界から来たジョーの証言を考慮せざるをえなかった。

もちろん 彼の言うことに矛盾や 相反する証拠を見つけたら、遠慮なく絞り上げてやろうと決めているのだが。

 

 

 

アルベルトは手を振ってジェットを座らせた。

「お前の言うデーモンはともかく、俺たちも神とか巨人とか常識ではありえない体験もしてる。俺たち自身が鬼とも言われたこともあるしな。とにかく全部話せ。正否はそのあとで判断する。」

 

ジョーがうなずいて口を開きかけたとき、リビングに通じる管制室から警報音が響いた。

 

 

 

 

 

ドルフィン号は東京上空に到着した。

ビルが所々崩れ落ち、大通りを蟻のように人が逃げ散っている。

上空から目をこらすと、巨大な黒いもやのようなふわふわした塊がビルに取り付いているのが見えた。それは緩慢な動きで移動しているかと思いきや、突然素早い動きで飛び回り、ときには空中を移動もした。霧の塊のようでもあり、その奥に実体が隠されているようにも見えた。

そして 霧が行く先々でビルが破壊され、人々の血が流れるのだった。

 

警察と自衛隊が出動して人々の救出と黒いもやを取り押さえようとしているが、いかんせん動きが早く、予測のつかない。都会の真ん中で火器を使うわけにもいかず苦戦しているようである。

 

手を出しあぐねるのはサイボーグたちも一緒だった。

まずは人のいないところへ追い込むのがセオリーだが東京近辺で人のいないところなんてそうそう見つかるものではない。

 

「イワンは夜だし、ジョーはいない。いつもよりずっと戦力が落ちている。」

誰にいうともなく張々湖が呟いた。

「やっぱりあの人、連れてきた方が良かったんでないの?」

 

 

 

 

 

ギルモア邸のリビングで 騒動の概要が知らされたとき、後ろで聞いていたジョーが自分も行くと言い張った。

何か役に立てるかもしれない と。

だが、004と002は拒否した。

 

「冗談じゃねぇ。正体不明のやつを連れて戦えるか。」

ジョーはなおも続けた。

「武器はいらない。絶対邪魔はしないよ。あれがもし、僕の追ってる敵なら・・・」

「追っている? おまえ、あのバケモンに関係してやがるのか。」

詰め寄るジェットをアルベルトが制した。

「おまえはあれが何か知っているか?」

ジョーは頷いた。

「僕はあのデーモンを追って、ここにきたんだ。」

 

送られてきた映像の中には 黒い霧のように漂う物体が映っている。

「デーモン、あれが?」

「あいつは見たとおり不定形で実体がないかのように見える。でも霧の中に強烈な牙と爪を持っている。一度戦った。」

「物質の体を黒い霧で隠してるのか?」

「デーモンはエネルギー体の存在だ。でも媒体として人や生物に取り付くこともある。そうなると物質なのかエネルギー体なのか判断できない。あの霧自体がデーモンなのか、霧の中に実体があるのか・・・。」

「めんどくさい話だぜ。」ジェットにジョーは警告した。

 

「ブラックゴーストが悪魔を召喚したと言っていたが、あれは悪魔と兵器の融合体なのか?」

「ブラックゴーストが召喚した悪魔はみな 僕たちとアキラ君で防いだ。あれはその戦いから逃れた悪魔の一匹だと思う。ブラックゴーストは関係してないはずだ。」

「フリーの悪魔?」

後ろで聞いていたグレートがいつもの真剣とも冗談ともつかぬ口調で言った。

「フリーでも人を襲うのか!」

「ブラックゴーストと契約してないだけで悪魔族にはかわりない。やつらは人を滅ぼすことを目的にしている。」

「殺戮だけが目的だと・・・」

「油断しないで。あいつは爪と牙を隠し持つ他に 雷も操るかもしれない。」

 

「かもしれない?」ジェットが聞き留めた。

 

「むこうの世界で戦ったとき、僕たちを狙って雷が落ちてきた。確信はないけどね。」

「かもしれないでは あまり役には立たないな。」

ふんと鼻で笑う002をジョーは気にする様子もなく続けた。

「一つはっきりしてることはあの悪魔の名前。」

「なまえ?」

「そう、通り名だけどあの悪魔をアキラ君はプルートと呼んでいた。」

 

「なぜアキラとやらは それを知ってる?」

「アキラ君の中の悪魔が 知ってたみたいだ。詳しくは僕にもわからないけどね。」

 

「プルート! 冥府の王のお出ましか。」

劇中の人物のように重々しくグレートは頷いた。

 

「ポォの小説に出てくる猫の名前だ・・・。」

008のつぶやきは 再び響いた警報音でかき消された。

 

 

 

「じゃあ 他の話は帰ってからゆっくり聞かせてもらう。俺たちが戻るまで昼寝でもしててくれ。」

「まってくれ004!」

「悪いが信用したわけじゃないんでね。俺たちの銃はお前さんにゃ使えねぇし。足手まといだ。」 

「今の話、参考にはさせてもらうさ。」

009に背を向けて 004と002はドルフィン号に向かおうとした。

006がどちらに味方するともなく言った。

 

「だけど、このひと家に置いてても何するかわからないネ。ドロボウかもしれないアル。ドルフィンで連れて行った方がいいんでない?」

 

「・・・そうだな。」

002と004が振り向いた。二人の目には剣吞な光が満ちていた。

 

 

 

 

かくして ジョーは地下の酒の保管庫に閉じ込められることになった。両手首はブラックゴーストが開発した特殊樹脂手錠で戒められ、柱を抱えるように繋がれている。

地下室の重い鉄の扉を閉めるとき、ジェットが振り向いた。

 

「悪りぃな。俺たちが帰るまでの辛抱だ。大人しくしてくんな。」

ジョーの顔が閉まる扉に遮られて細くなり消えた。彼は抵抗もしなかったが、承知したとも言わなかった。

 

 

ドルフィン号に向けて走り出した002を追いながら004が言った。

「大丈夫だろうな?」

「溶解剤を注入しない限り解けねぇよ。おれたちだってあの手錠にはさんざん苦労させられたろ?」

 

「家の方だよ。あの柱一本くらいで 家、壊れたりしないよな?」

どうしても動きたい時、手錠が外れなければ あとは一つしかない。

 

「木製のコーティングしてるけど あれはれっきとした鉄骨だ。そうそう壊せるもんじゃないよ。」

とは言ったものの、

 

あの柱は家の大黒柱ではなかっただろうなと002は記憶を巡らした。

 

 

 

 

 

3

 

 

 

 

ドルフィン号はステルスシールドを張って東京上空に到着した。

重く垂れ込める曇天の下、こんな低空で姿を晒すわけにはいかなかった。

 

モニターで探索するまでもなく、そびえ立つ摩天楼の一角から煙が上がっている。

「あれか!」

004がうめいた。

「ヒョエ~、戦車まで出動してるアルネ。」006が腫れぼったい目を見開いて叫んだ。

 

正体不明の怪物に 通常の警察では手に負えないとふんだらしい。戦車が数台、霧が動き回っている付近の道路に配備され、砲を怪物に向けている。

 

大型トレーラーほどの黒い霧の塊がビルとビルの間を飛び回っていた。周囲を包囲している戦車とくらべてもかなり大きい。

 

 

それは重力を感じさせぬ動きでビルの間を時に漂い、時に瞬時に移動していたので 包囲した戦車は筒先を定め切れずにいた。

また、試みに銃を発砲するが弾はもやを突き抜けて向こう側の建物を傷つけるだけだった。

 

モニターでその光景を見ていた004がつぶやいた。

「やはり実体がないのか?」

包囲している彼らもそう判断したらしく、包囲を狭めた、とたん、

黒い霧から鉤爪のついた長い腕が弧を描いて切り裂いた。

 

数人の警官や自衛隊員が血煙を上げて倒れこむ。一番近くで倒れた隊員が再び襲ってきた鉤爪にかけられた。

 

ピュンマがドルフィン号のレーザーで腕を薙いぐと腕は四散し、人々が這うようにしてその場を逃れるのがモニターに映し出された。

 

「腕を貫かれたのに体液が出ていない。やはりエネルギー体か?!」

 

004が呟いた時 霧は渦を巻いて小さくまとまったと思いきや、突然大きくジャンプした。

高層ビルの屋上まで一息に登り、そこからさらに高い跳躍をする。

「回避!」の命令を出す暇もない。

ドルフィン号の真下に迫った霧から 巨大な鉤爪が弧を描いて船体に打ち込まれた。

 

「ステルスもお見通しかよ!」

 

巨大な力でぐいっと引き寄せられ、

ドルフィン号は大きく傾いた。一部が霧に飲み込まれたと見るや、バリっと音を立てて船体の一部がかじり取られた。

 

「牙!」

なおも霧はドルフィンを破壊すべく、引き寄せを強め、飲み込まれた部分から船体の残骸が遥か下の都市に降り注いだ。

 

「やっぱりあの人が言った通り、あれは悪魔の「プルート」やないかネ?」006の声は小刻みの振動で大げさなバイブレーションがかかっている。

 

 

「俺が行く」

ジェットが銃を腰に 飛びだした。

 

上空を飛び回り、船体に打ち込まれた鉤爪に集中的に攻撃を加えた。

 

スーパーガンには独立したエネルギータンクがない。

 

グリップを握るとサイボーグたちの体内のエネルギーが供給されて、強力なレーザーを発するしくみだった。

だから普通の人間や 手のひらにエネルギーの供給システムを持たない仲間以外のサイボーグが手にしても撃つことはできない。

 

ジェットは手に力を込めた。

飛翔のための強力なエネルギー発生装置は 霧の化け物にもダメージを与えたらしかった。

 

爪を引っ込め、ふわふわとビルの屋上に撤退する。

 

やったか?! その瞬間、上空から凄まじい衝撃を受けた。

 

 

地面がぐっとちかづいている。

「ジェット!」誰かの叫びが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

実際に気を失っていたのはほんの数秒だろう。穴だらけのアスファルトに なかばめり込む形で倒れていた。

立ち上がって己のダメージをチェックする。

末端部がしびれて、身体中の機器が恒常性を取り戻そうとフル稼動していた。

 

電流?? ・・雷か!

見上げた上空は さっきより雲が濃くなり 鉛色の渦が空を覆っていた。

不思議なことに、ぐるりと地平線近くは空が明るい。そういえば、今日は晴れの予報だった。

東京上空にだけ雲・・・ 奴が集めたか、発生させたか・・

 

雷を操るという「ジョー」の言葉が蘇る。

あの霧の化け物が 「プルート」である可能性が強まった。

 

 

 

うめき声に振り向くと 002の傍50mほどの路地に 女性が倒れている。崩れてきたビルの破片が頭に当たったらしい。

 

「おい、あんた大丈夫か!」

おもわず駆け寄ろうとする。002の周囲にふっと影が落ちた。

 

振り下ろされた鉤爪をすんでのところで避けたが、空に駆けあがろうとしてグンと首を引っ張られ、バランスが崩れる。

 

 

「002!」

ようやく機体を立て直したドルフィンのモニターが マフラーの先を鉤爪の捉えられて靄の中に引きずり込まれる002を映し出していた。

 

 

靄の中、002の肩にも鉤爪が打ち込まれた。引き寄せられる002はその先に、巨大な目があった。ギラギラと金色に光るまなこに三日月のような瞳孔が割れている。 ニイッと横に開かれた口から太く尖った牙が光るのを見た。

腰のホルスターに銃はない。

 

002は自分の足裏のを目の前の巨大な目に向けた。そのまま最大出力で噴射する。

強烈な熱を目に受けて悪魔は咆哮を上げた。噴射の勢いを利用して束縛から逃れようとしたが、肩に食い込んだ鉤爪が離れない。悪魔がもう一方の腕で002の噴射してる脚に攻撃を加えた。

 

悪魔の目は直径1mはあるだろうか? 獲物の002に照準を合わせるかのようにぐっと近づく。

もう一つの鉤爪が左上から002の脚を襲った。

 

「くっ」

横からの激烈な力に002の脚が歪んだ。

 

 

「ジェット、目をつぶれ。」

暗灰色の靄の中、強烈な閃光が発生した。同時に熱い爆風が頬と耳をなぶった。

怒りの咆哮が響き、悪魔が後退する。

 

 

霧が薄まり、琥珀色の髪を輝かせて、迷彩服を着たジョーが跳び込んできた。

 

 

鉤爪からジェットを奪い取るとジェットの腕を掴んで霧から脱出した。

「おまえ・・・!」言いかけてて 002は聴覚の異変に気付いた。

ジョーはかまわず002を引きずるようにして かたわらの廃墟となり果てたビルに飛び込んだ。

視線を落とすと、ジョーの両腕は手錠につながれたままである。

 

 

逃げ込んだ一室は空きオフィスだったのだろうか?

少し大きめの部屋には机・ロッカーなどの備品はなく、がらんとした室内に天井照明のケーブルだけが揺れていた。

 

扉を閉めて 窓の外を警戒しながら、ジョーが話しかけてきた。

唇の動きから おそらく「大丈夫か?」とか聞いたのだろう。

聴力が効かないと告げると、ジョーは黙り込んで脳波通信の周波数を探り始めた。

 

 

ーー聞こえる?ジェット。

ーーああ

ーーよかった。この世界でも同じ周波数で。

 

ジョーは両腕は手錠の重さにだらりと下ろされていた。

 

 

ーーおい?

ーーなに?

ーー・・・家、無事なんだろうな? 

ーー家? ギルモア邸なら無事だよ。ブラックゴーストも悪魔も泥棒も来なかった。

 

そうじゃなくて・・・。

 

あの地下の酒蔵には 秘蔵のバドワイザーが1ケース保管されていたのだ。

アルベルトが特別な日にと大事にドイツから持ってきたモーゼルワインも。。。

 

「家、壊してないだろうな? 手錠したままってことは 柱折って 地下室の扉ぶち壊して出てきたんだろ?」

思わず声になってしまった002の口を押さえてジョーは通脳波信をよこした。

 

ーーそう思うならこの手錠、早く外してくれ。引っぱっても炎で炙っても取れないんだ。

ーー溶解剤使わなきゃ無理だ。あれは屋敷の保管庫にしかない。

 

ジョーはため息をついて、それでも建物の外を警戒するために腕の自由を奪われたまま窓の外をうかがった。

 

 

 

 

 

ジョーは002の貸したスウェットではなく、迷彩色の戦闘服を着ていた。 ベルトには無造作にピストルが挟まれ、マシンガンと背囊を背負っている。 

おそらく遠巻きに展開している自衛隊から失敬してきたのだろう。

 

あの服なら燃えにくいもんな、と納得しかけて

 

ーーちょっとまて! おまえ両腕離れないのにどうやって着替えたんだ?

 

ーーそんなことより

 

ジョーは遮った。

ーーひとが倒れている。

 

ーーそうだ!さっきの・・・。

002は倒れていた女性がいたと伝えた。

ーー一番近くのあの人なら・・・ ここに引っ張り込んで救助を待てるかも。

 

ジョーの行動は早かった。注意深く入ってきたドアを開き瓦礫が散らばる通りにすべり出た。

 

あたりには火災によるものなのか、煙が薄く漂っていた。

さっきまでの騒動とは打って変わって、通りは静まり返っている。

プルートがジョーの先制攻撃に動揺して大きく退却したのか、あるいは隠れてチャンスをうかがっているのか・・・。

 

ジョーは足音を消して倒れている女性を肩に担ぎ上げ、再び002のいるビルの中に入った。

 

 

ジョーは002の手を借りて助けた女性を床に寝かせた。事務員らしき若い女性だった。白いブラウスに紺の制服を着ている。

「おい、大丈夫か?」

ジェットの呼びかけに女性は顔をしかめて反応した。

ーー生きていた!

二人が ほっと安堵しかけた時、

「おいっ、どうした?」

今の002に音は聞こえないが、大きく開けられた口からは苦悶の声がほとばしっている。

肩をつかもうとした時、彼女の目と口がぽかりと開いた。瞼の下には眼はなく、唇の中は空洞でしかない。不気味な洞穴と化した眼と口から黒い霧が どっと溢れ出した。

 

反射的に飛びすさる。攻撃を受けて損傷した脚が大きくバランスを崩し、倒れかけた002の肩をジョーが支えた。

 

ゆらりと立ち上がった女性の内部には霧がぎっしりと詰まっていた。悪魔の操り人形と成り果てた体は 二人に向かって歩き始めた。

真っ黒な穴と化した両眼でジョーを認めるや 急に歩みが早まって突進してくる。

 

弧を描いて飛んできた指の先には長くとがった爪が光っていた。

すんでのところで攻撃をかわしジョーはジェットを突き飛ばして床に伏せさせた。

床に伏した002に目もくれず、女性は鋭い二撃・三撃をくりだしてジョーを後退させた。最後の攻撃をジョーが避けた時、女性の爪はコンクリートの壁にめり込み、大きく崩した。

人間の力でできるものではなかった。

 

 

ばたんと扉が開いて、数人の人影が入ってきた。どの人も目と口から黒い霧を吐き出している。

同時に薄い霧に満たされた外気が室内に侵入してきた。

 

手錠に囚われたままジョーはピストルを取り出して 扉に近い一人を狙った。が、すぐに思い直してベルトに挟んだ。

実弾の銃が悪魔に効果がないのはすでに警察が実証済みだ。真の敵に効果のない攻撃で 依り代になっている人を傷つけるわけにはいかない。

 

 

ジョーはジェットを助け起こし、油断なく身構えた。

扉付近はすでに4~5人のパペットたちに塞がれている。

窓から見える外の空気は再び黒い霧が漂っていた。どうやらこの建物全体が霧に包まれているようだ。二人を探索していたプルートが 彼らを手の内に収めたのだ。

 

002は彼を支える手に力が入るのを感じた。

ーージェット。僕が彼らを引きつける。その隙に逃げてくれ。

脳波通信で指示する。脚を負傷した002が逃げる時間を稼ぐつもりだ。

ーー無理だ、脚が・・・

ーー僕たちなら大丈夫だ。君が逃げたのを確認したら僕もすぐに脱出する。閃光弾が炸裂したら加速して外に出ろ。

ーー! おい待て!

ーー準備して。

ーー無理だ。俺は加速装置を搭載してない。

ジョーが初めて驚きの表情でジェットを見た。

 

窓ガラスが大きな破壊音を立てて砕けた。外から巨大な鉤爪のついた腕が室内に侵入し ジョーをめがけて振り下ろされた。右腕で防いだジョーは コンクリートの壁に叩きつけられ、すぐには動けないでいる。

 

駆け寄ろうとした002に再び鉤爪が襲った。紙一重の差でかわし、受身を取って立ち上がったところを後ろから 操られた女性に羽交い締めにされた。

他のパペットたちもわらわらと002の手足にしがみつき自由を奪う。

「おいっ。離せ。」怒鳴るが当然拘束の力は緩まない。

彼らの力はやはり人間離れしていて、無理に引き剥がせば彼らの腕をちぎる結果になるかもしれない。

 

破れたガラス窓から黒い霧の本体が侵入し、大きな塊となった。もやもやと形を変えるそれは、部屋の中心に集まり、ぼんやり形をなし始めた。

細身ですらりと手足の長いドレスをまとった・・・・

ーー女性?

002は目を凝らした。頭はとうに天井に到達していて、よく見ると二つの突起!

 

・・・ねこみみ?

 

体は細身の女性だが、頭は猫・・・

この修羅の場で不思議な夢を見ているようだ。

 

が、次の瞬間、ドレスの輪郭がほどけて大きく広がり、002の眼前に迫った。

今度は クラゲの狩りのように002を化け物の体内に包み込もうとしているようだ。

 

思わず002は右手を突き出した。

その掌が化け物に触れた時、びくりと痙攣してプルートが引いた。広がっていた体も触れたところを中心に多少収縮して見える。

 

が、そう見えたのは一瞬で、再び不定形に渦巻く黒い霧にもどり、渦巻く気流は悪意に満ちて蠢いていた。

ジョーがめり込んだ壁から抜け出した。左手は動いているが、右腕はだらりと垂れて肩と手錠を支点に揺れている。

プルートの一撃か、壁に激突した衝撃で腕が損傷したらしい。

 

 

手錠さえなければもっと自由に動けただろうに。

002は軽く後悔した。

 

 

プルートは 押さえつけられた002には眼もくれずジョーに向き直った。

右手をかばいながらもジョーは身構え、悪魔と正面から対峙した。

 

どろどろと黒い霧は濃くなり、最初に002が霧の中で見た 金目、大きくむき出した牙の肉食獣の頭部の形となった。

巨大な眼はジョーを捕らえ、今とびかかろうと力を溜めた。

 

ジョーの唇が動いた。

 

悪魔が動きを止めた。 

聴覚を一時的に失った002には聞こえなかったが、ジョーが何かを言ったとき

プルートの周囲で渦巻く霧もピタリと止まった。

 

だがそれも数秒のことで 再び揺らめき始める。

霧の悪魔に ふたたびジョーが何か告げた。今度はプルートの動きが大きくなった。

 

ざわざわと空気が流れ始め やがてそれらはプルートを中心に渦巻いて集まり始めた。

ビルの周囲を漂っていた霧も割れた窓から侵入し、プルート中心に集まっている。

 

室内に充満した霧も中心に集まり、002を羽交い締めしているパペットからも 黒い霧は吸い出されてプルートに取り込まれていった。操られていた人々は 糸の消えた操り人形そのものにつぎつぎと床に崩れ落ちた。

霧が出て行った彼らはピクリとも動かず 顔面蒼白で生きているのか判別できない。

 

 

またジョーが何かを言った。

 

プルートはぐわっと膨れ上がり 巨大な猫科動物の頭部をかたち作り

渦巻いてジョーめがけて襲いかかった。

 

「加速装置!」

 

襲いかかったプルートの顎の下をすり抜け、ジョーは002のもとへ一瞬でたどりついた。

左手が右肩の付け根あたりを軽く操作すると、右腕がかちんと音を立てて外れた。

 

ぎょっとした002にかまわず、自由になった左腕で002を抱えて外へ飛び出した。

もちろん右腕は手錠につながれたまま左手首にぶら下がっている。

 

ガラス窓を破って飛び出し、勢いのまま二人は道路向かいの路地に転がり込んだ。

 

大きな通風塔の後ろに002の銃が転がっていた。

ジョーが飛びついて振り返り、引き金を引く。が、

 

「だめだ。それは俺たちじゃねぇと。。。」発砲できない、と002が言い終えないうちにジョーは雷に撃たれて路上に倒れた。

 

衝撃でジョーの手から銃が離れ、002の足元に音を立てて転がってくる。

 

飛びついて拾うと、すぐ間近で 勝ち誇った悪魔の咆哮が聞こえた。

002は自分の聴力が戻りつつあると知った。

 

空に駆け上ろうとしてジェット噴射をすると、推進器の軸が歪んでいるためか 002の体は大きな円を描いてアスファルトに叩きつけられた。

 

「ジェット!」

立ち上がったジョーが002を抱いて再び加速装置で逃れようとした時、雷が空を割いて落ちてくる。間一髪、ジョーが002を突き飛ばし、それまで二人がいた場所を雷が貫く。

 

002は建物の陰に身を隠しながら スーパーガンをマグナムモードに切り替えた。

実弾は効かなかったが、エネルギー銃では?!

 

ぐんぐん大きく近づいてくるプルートに向かって引き金を引いた。

 

輝くレーザーが放たれ、霧の中央に穴が空いた。が、実弾で撃ち抜いた時と同様、すぐに周囲の霧が穴を塞ぐ。

プルートを突き抜け、背後のビルに当たったレーザーが大きな爆発を引き起こした。その爆風に煽られ、黒い霧の悪魔は大きく揺らいだ。

ジェットへの接近が停止し、拡散しかけた霧が再び渦を巻いて集まってくる。

 

ジェットは今度はプルート本体でなく、傍らのゴミ箱を狙って撃った。高エネルギーがゴミ箱にぶつかり、爆発を起こして黒い霧を散らした。

 

ーーあの霧の悪魔は・・・

 

 

 

強烈な閃光が目の前を真っ白にし、気づくとジョーが自分に覆いかぶさって身体中から細い煙を上げていた。

 

「おい、お前!」

「・・ゆだんするな・・・。やつはまだ・・・。」

 

固まってきた黒い霧が再びこちらに向かい始めた。ジェットは右手のスーパーガンを握りしめた。

 

スーパーガンで致命傷を与えることはできない、だが・・・

 

 

 

 

 

そのとき、空気の塊が頭を押さえつけてきた。

 

空を覆い尽くすような機体。

 

ドルフィン号!

 

ドルフィン号が上空でホバリングし始めた。

猛烈な下降気流が 地面のほこりも路地裏のゴミも すべて混ぜ合わせて吹き飛ばしていく。

形をなしかけた黒い霧も大きくその形を崩した。

 

 

 

伏せていたジョーが 頭を上げてプルートを見た。

プルートも強風に揺らめきながらジョーを視界にとらえた、かのように002には思えた。

 

両者がそうしていたのは まばたきほどの間であろうか。

 

プルートは下降気流に乗って地面すれすれに建物の脇から空に逃れていった。

 

 

 

 

 

 

 

4

 

 

 

 

 

ひとまず基地に引き上げ、無傷の者はドルフィン号の修理にあたり、ジョーとジェットは屋敷で傷の治療を受けた。

 

左手首に右腕をぶら下げた姿を見て、ナンバーズは皆一様に表情をこわばらせたが、当の本人は苦笑して、早く手錠を外してくれと要求するだけだった。

 

 

 

「屋敷が壊されたのかと思ったぜ。」

ジョーの手錠に溶解剤を注入しながらアルベルトが言った。「この手錠は絶対に外れないからな。」

 

彼はギルモア邸に戻って真っ先に 地下室が無事で酒類が無傷であることを確認した。ジョーを繋いでおいた柱は無事で、地下室の天井も落ちていなかった。

 

ただ地下室と階段の間の重い鉄の扉は 紙で作ったそれのように内側からたたき壊されていた。

「どうやらお前は 009を名乗るにふさわしいサイボーグらしいな。」

アルベルトは 硬い表情で言った。

地下室は簡易シェルターでもある。爆撃にも耐えられるよう、扉は分厚い鉄の扉を設置していた。

メンバーの中でも この扉を簡単に破れるものは 009の他には005くらいだ。

 

「まぁ家が無事でよかった。」

樹脂の手錠が溶解剤の注入でたちまち張りをなくし、ふんにゃりと垂れ下がった。

 

「残念、意外な盲点があったね。」ジョーはいましめの外れた左手で右腕をつかみ上げた。

アルベルトが見ている前で 自分の右肩に装着して軽く動かそうとし、ピクリと表情を歪めた。

「動かないのか?」

「うん・・・。全くじゃないけど。」

再び肩を操作し、右腕を外した。もしかしたら痛みも感じるのかもしれない。

「ギルモア博士に頼んでみよう。動かせる程度には直せるかもしれない。」

アルベルトは立ち上がって、ジェットが治療を受けている部屋へとジョーの促した。

 

 

 

ジェットの脚は横からの衝撃で軸がぶれたとかでパーツを付け替えることになった。

もとより消耗部分だったので交換に手間はかからない。

聴覚も簡単な検査の後、問題なしとされた。

「君は空を飛ぶためにバランス感覚をつかさどる三半規管装置が繊細でな。ちょっとばかしフリーズを起こしてたんじゃろう。」

ギルモア博士は解説し、より高性能でダメージに強い装置を考えておくと請け負った。

 

「博士、ジェットの様子はどうだ?」

アルベルトがジョーを伴って入ってきた。ジェットの脚は元どおりに直せた旨を聞き、ジョーの右腕の事情を知らせた。

 

「きみの腕も009の交換パーツが使えれば問題ないんじゃがな・・・。」

 

 

ギルモア博士が右腕の損傷箇所に検討をつけ、どうにか直してみようと奥の研究室に消えていった。

「大丈夫です。とくに困らないから。」

 

 

不自由な右腕でも通常の生活にそれほど支障はないだろうが、一瞬の遅れが生死を分ける戦闘となるとそうはいかない。

ジェットとアルベルトはだまって上着を羽織るジョーの背中を見つめた。

 

 

 

 

 

 

他のメンバーはドルフィン号の修理にあたっていた。その作業がひと段落終わる頃、

張々湖が夕食ができたといつものように中華鍋を叩いて皆に知らせた。

 

 

ジョーは午前中の食事をジェットの部屋でとっていた。

彼の正体を調べている最中だったし、他のメンバーもいなくなったこの世界のジョーを探すのに忙しかった。

 

今はイワンを除く全員が食事室に集まっている。

ひとつだけポツンと空いた席は ジョーの席だった。

 

別世界戦から来たジョーが 右肩に大きなストールをふんわりかけて現れた。

ジェットが別室から椅子を持ってきてテーブルの一番端、ジェットの席の隣に据えて言った 。

「これにかけな。」

 

 

食事が始まる前、メンバーのうちの数人は各々の主義に従って 祈ったり感謝を捧げたりする。

別世界から来たジョーも 片方しかない手を胸に当てて数秒眼を閉じた後、スプーンをとった。そんなところは メンバーの知ってるジョーと同じで なまじよく似た人物がいるからこそ、仲間の不在を思い知らされるのだった。

 

 

張々湖が作った色鮮やかなトマトと卵のスープを口に運びながらフランソワーズはそっと ジョーとジェット、誰も座っていない椅子を見比べた。

 

ジョーとよく似た別世界のジョーが皆と同じペースで食事を進めており、ジェットとも時々言葉を交わしていた。

視線を逆に移せば、いつも自分を気遣ってくれ、やさしく微笑んでくれてたジョーの姿はなく、空の席が与える喪失感はぬぐえない。

 

「どうしたネ? 好きじゃなかった?」スープを見つめて動きを止めたフランソワーズに張々湖が心配して声をかけた。

表情に表れてたのだろう。顔を上げると皆の心配そうな視線が集中していた。

 

「ううん、大丈夫。スープの・・・ブイヨンはなんだろうと思ってたの。中華なのに西洋野菜のトマトとよく合うわね。」

「ああ、そうネ。」ホッとしてレシピの解説をしてくれる張々湖に頷きながら、フランソワーズは誰にもわからないようため息をついた。

 

 

 

 

 

5

 

 

食事の後、見張りのグレートとジェロニモ、眠っているイワンを除いたメンバーは 今日の検討と対策を話し合った。

 

「おそらく プルートは人の何らかのエネルギー・・・生命エネルギーか精神エネルギーかはわからないけど・・・、それを吸収して存在を維持しているんだ。」

 

「だから人をかたっぱしから襲ってたのか。」

ジョーは頷いた。

「霧が実体化するのはそれなりにエネルギーが必要らしい。大都会は彼にとってのエネルギー源だね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それぞれの報告が終わった後は 当然の流れで 朝、聞き損ねた別世界から来たジョーの話に向いた。

 

「君が別世界から来たジョーで 敵がその世界から逃げてきた悪魔というのも(信じがたいが)信じよう。」

 

「だが、なぜ俺たちのジョーは お前の世界に行ったんだ? 」

 

ジョーはすこし考えてから 口を開いた

 

「悪魔はエネルギー体だからそのまま別の世界へ行けるんだ。 だけど実体のある僕らが別の世界に現れるのはちょっと難しくて。

僕がこの世界に現れると 僕の体という物質が この世界にある物質と重なって核融合爆発を起こしてしまう。それを防ぐために ここの世界の物質と僕の体を入れ替えてしまうんだけど。。。」

 

「入れ替える対象がジョーだったと?」

「そう。こちらの僕と入れ替えることが一番簡単だ、とアキラ君が言ってた。」

「悪魔人間のアキラ君か・・。」

やや呆れた口調でジェットが呟いた。

「お前を送り込むより そいつ自身が追ってくればよかったんだ。」

 

「あっちはあっちで悪魔の襲撃に備えなくちゃならないからね。それと・・・」

「それと?」

ジョーは首を振ってそれ以上は答えなかった。

 

「とにかくそんな理由で 僕をこの世界に送り込んだんだけど、タイミングが難しくて・・・。僕らの世界とここの世界の波長かなにか・・が シンクロした時だけ 二つの世界を隔てる扉が開く。 移動の時を選べないんだ。準備はしてたんだけど まさか寝てる間にジェットの寝床に送り込まれるなんて思わなかった。」

 

二人のジョーが入れ替わるということは こちらのジョーが元々いたところに現れたということである。

ジェットは居心地悪そうに咳払いして話題を変えた。

 

 

 

「おまえ、あの時何を言ってた?」

ジェットが問うた。

 

「え?」

 

「プルートと対決した時だよ。俺は聞こえなかったが、何か呼びかけてただろ?

その呼びかけを聞いてプルートは確かに反応した。」

 

 

「・・・ああ、あの時は・・・悪魔の・・・プルートの真の名前を呼んでみたんだ。効果があるかと思って。」

「真の名?」

フランソワーズとアルベルトも興味を持ったようだ。

 

「本当の名前を知られると魔力がなくなる悪魔の話を聞いたことはない?」

 

 

「真の名・・・って、そんなものをつかんでいたのか?」

 

「僕だって全くの無計画で奴を追ってきたわけじゃない。向こうの世界でアキラ君たちとプルートの正体と対処をある程度絞り込んではきた。」

 

「だが、やつは名前に縛られなかったぜ。どっちかというと逆上してたみたいだが?」

 

「でも反応があった。僕がつかんだ名前が真の名じゃなくても 何か繋がりがあるということだよ。」

 

アルベルトにその名を問われ、ジョーはメモを取り出し、黙って左手で綴った。

 

 

「では 次に奴に遭遇した時、名前を呼んで動揺した隙を突けば良いということか?」

アルベルトの言葉にピュンマが疑問を呈した。

 

「隙どころか逆上したんだろ? やつに弱点なんかあるのか?」。

 

「アスカさん・・・アキラ君の友達なんだけど、彼は霧の悪魔が実体になろうと集まった時、強烈な炎で一気に焼いてしまえと言っていた。そう・・気化爆弾のような。」

 

「気化爆弾! それはまた過激な兵器だね。」

「核の次に強力と言われる無差別大量殺戮兵器だぜ。」

「砂漠の真ん中ならともかく、今日みたいに大都市に出現されたら使うわけにはいかないな。」

張々湖が提案した。

「そこまで過激でなくても アタシの火炎放射でどうにかならんかネ?」

 

 

「う・・・ん プルートを倒すのは 周囲の状況さえ許せば可能かもしれない。焼き払って完全に消滅させるだけなら・・・・」

 

 

「実体化しようと集まったら焼くこともできるわよ。でも拡散した霧のままだったらどうするの? 霧をどうやって集めるの? 大きな掃除機で吸い取るとでもいうの?」

 

メンバーは持てる知識をかき集めて考えたが、情報が少なすぎ、次にプルートと遭遇した時の対策も立てにくいのだった。

 

 

 

一同の話し合いは なかなか決定的な解決策に至ることはなく、その夜はひとまず解散となったのだった。

 

 

 

 

 

 

その夜のニュースは 東京で局地的に起こった異常気象について報じていた。

 

都心で局地的に濃霧が発生し、電磁波の悪影響で付近の人が意識を失ったと アナウンサーが無機質に読み上げていた。

 

政府は内密で調査しているだろうが、正体不明の化け物が都心に出現したとなるとパニックが起こりかねない。

外傷を負った人は 意識を失って倒れた時に怪我をしたとして片付けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上弦の月が次第に満ち、明晩にでも満月にさしかかろうかという頃、ギルモア邸の玄関を叩く一団がきた。

 

「賽銭」と書かれた木箱を抱えた小学生3人と町内会の重鎮らしき老人二人。

 

ギルモア邸が人家から離れた海辺にポツンと建っているとしても 日本国内である以上、どこかの市町村には属している。

地元の氏神様を無視するわけにはいかない。

 

応対に出た張大人が 二言三言言葉を交わし、幾らか包まれた封筒を渡すと、老人は重おもしく頷き、 祭のロゴの入った手ぬぐいを置いていった。

 

 

ジョーはリビングの扉の柱にもたれて それらのやりとりを眺めていた。

「おまえの世界にもアキマツリはあるのか?」

後ろにアルベルトとフランソワーズが立っている。

 

 

「ああ、町内会のおじいさんが賽銭や寄付を集めに来るのも お神輿が出るのも同じだね。」

 

ジョーは胸の前で両腕を組んで扉にもたれたまま頭だけ振り返って答えた。

ギルモア博士が調整してくれたのか、日常動作なら問題なく過ごしている。もっとも極限の戦闘となるとどうなるかわからないが。

 

 

「秋祭り・・・子供の頃は母親に連れられて よく行ったよ。」

遠い過去を思い出す横顔は 琥珀色の髪に縁取られて明るい。

 

 

 

「あなた、おかあさまとの思い出があるのね?」

「うん、ずいぶん前に死んじゃったけど。・・・、君たちのジョーには・・・母親がいないの?」

「ああ・・あいつは孤児で・・・母親も父親も 顔を知らないと言ってた。」

「ふぅん・・・」

頭の動きに合わせて顔にかかった髪がゆれた。

 

 

「僕もいろいろあったけど、君のジョーはもっと苦労したんだね。」

 

「ええ、彼は多く語らないけれど・・・。」

 

ほぼ単一民族の日本で ジョーの明るい髪の色や瞳は目立つ。異形の孤児である少年時代のジョーは辛いことも多かっただろうとメンバー達は感じていた。

 

だが 今 目の前にいるジョーは 多少の差別や迫害が人格には影響与えている気配がない。

 

自分に自信があって、安定してバランスのとれた精神を感じられた。

それは子供のころ、母親に無償の愛を注がれて育った記憶からではないかと推察された。

 

「今日、この辺りの氏神様の祭りがあるの。一緒に行く?」

 

フランソワーズは微笑んだ。

 

「せっかく来たんだもの。楽しいことも見て行って。連絡が入ればすぐ帰れる距離だし、留守はピュンマと大人が受け持ってくれてるわ。」

 

 

 

 

日が傾き、夕暮れの気配が濃厚になった時間でも、地元の小さな神社は人でいっぱいにだった。

 

留守番に数人のメンバーを残し、ジョー、ジェット、フランソワーズとジェロニモ、それにアルベルトの5人は

石造りの鳥居をくぐった。

 

まずは神様にご挨拶し、参道の両脇にびっしりと並んだ屋台を 一つ一つ見て回った。

 

いつ非常召集がかかるかわからない立場である。それぞれ動きやすいカジュアルな服に身を包んでいたが

周囲の人々は 地元のお祭りらしく、晴れ着に身を包んでいたり、狐の面をつけた子供が走り回っていた。

 

 

 

別世界から来たジョーは

ジェットと射的対決をしたり、釣り上げたヨーヨーをフランソワーズの前で 器用に宙に向けてバウンドさせたりして、余すところなく祭りの実力を披露した。

 

彼が 子供の頃お祭りによく行ったというのは嘘ではないらしい。

 

ひとしきり楽しんだ後、フランソワーズがポツリと言った。

「私たちのジョーはこんな姿見せなかったわ。」

「そう?」

ヨーヨーを扱う手を止めずにジョーが言った。

 

 

 

「お祭りに一緒に行ったことはあるけど、こんな風に遊んだりしなかった。もう子供じゃないからかと思ってたけど・・・もしかしたら、いい思い出がなかったのかもね。。。。」

 

少し瞼を伏せて今ここにいない仲間を思い出すフランソワーズを ジョーは見つめていたが、

「大丈夫だよ。君のジョーは必ず戻って来る。ほら・・・」

 

東の空低く 今登ってきたばかりの月を指した。

 

「あの月が完全に丸くなって、次第に欠けはじめて、天空から姿を消す頃には君の隣に戻っているよ。」

 

 

 

 

「どういうことだ?」

黙って二人のやりとりを聞いていたアルベルトがジョーの方をつかんだ。

 

「おまえ、まだ俺たちに言ってないことがあるだろう?」

 

「・・・」

 

色素の薄い瞳に剣呑な光をたたえたアルベルトを かたわらのジェットが制する。

 

 

「隠してるわけじゃない。僕の推測がほとんどで・・・確かめたわけじゃないから言えなかっただけだ。」

アルベルトの疑心を察しながらジョーは言った。

 

 

彼らの突然の不穏な気配は周囲にも伝わったらしい。

祭りを楽しんでいた人々が手を止めて 何事かと一行に視線を注ぎ始めた。

 

ジョーはジェットの胸を軽く叩いて言った。

「ありがとう。もう帰ろうか? 十分楽しんだし、この先は歩きながら話すよ。」

アルベルトにニコリと微笑んで フランソワーズの手を引いて石段に向かう。

 

 

周囲を気遣ってできるだけ平静を努めて、残りのメンバーも二人の後を追った。

 

縄を張ったゴツゴツした石の鳥居をくぐり、昔ながらの岩をはめ込んだだけの石段をフランソワーズはジョーに手を取られて降った。石段の両側は鎮守の森へと続くまっくらな木々が生い茂っている。 

 

空はほのかな茜色を帯び始めていた。

 

一行は 来た時と同じ田舎道を歩いて海沿いへ向かった。

両側には刈り入れ後のがらんとした田んぼが だだっ広くひろがっている。

 

 

次第に遠ざかる祭囃子を背に ジョーがふとフランソワーズに言った。

「きみは日本の神社が怖くなかったかい?」

 

「え?」

 

「向こうの・・・僕の世界のフランソワーズは 初めて日本の神社を見たとき、気味悪そうにしてたよ。」

ジョーの表情に含みはない。質問通りの意味と捉えていいと判断し、フランソワーズは記憶をたぐった。

 

「そいういえば・・・不気味に感じたかしら。。。

だって木が鬱蒼としていて、そこかしこにロープが張ってあって・・・物語で読んだ魔女の家みたいだったんですもの。」

 

ジョーは微笑んで

「僕のフランソワーズも同じように言ってたよ。」

「だけどずっと前のことよ。日本に来たばかりの。今は違うわ。ちゃんと文化の一つとして認めてるわよ。」

「ごめんごめん、わかってる。」

ムッとしたフランソワーズの表情にジョーは微笑み返し、手の中の細い指に軽くくちづけした。

 

ぱっと頬を赤らめて硬直するフランソワーズを気にする様子もなく、真顔に戻った。

 

 

「僕は・・・僕の勝手な憶測だけど・・・・君たちヨーロッパ文明の人たちが神社を不気味に感じたのと あの悪魔が 少し関係があるんじゃないかと 思ってる・・・。」

 

 

 

 

 

 

ジョーは遠い祭りを名残惜しそうに振り返って、昔話になるけど・・・と断わってから語り始めた。

 

 

ブラックゴーストの基地から逃れ、日本で皆と暮らし始めた頃、

食事の準備は全員が当番制で行っていた。

 

フランソワーズが係の日になり、彼女の腕によりをかけた料理のために ジェロニモとピュンマが鳩を獲ってきた。

 

神社の境内から。

 

食卓に上った鳩料理を見て、ジョーは驚き、お神酒を持って神社にお詫びに行くべきだと言い張った。

 

 

「わたしったら・・・」

別世界戦の自分がやらかした行為に顔を赤らめるフランソワーズと いつもよりむっつりと表情を抑えたジェロニモ 笑いをこらえるジェットに 少し微笑みジョーは続けた。

 

「今思えば僕も言い方が悪かったんだ。異文化の人と暮らすのは初めてだったし。。。」

 

「ケンカになったの?」

 

「うん、・・・まぁ 争いってほどじゃないけど、フランソワーズをはじめとする欧州勢のみんなは何が悪いかわからないと言った。

鹿も鳩も 神様が食料として与えてくださったものだと言って、頑として譲らなかった。」

 

実際に鳩を獲ってきたジェロニモとピュンマが すぐに理解して 一緒に神社に行ってくれたのとは対照的だった。

 

 

「そのときフランソワーズが 日本の神社は怖いと言ったんだ。

神様のご威光がはやくこの地にも届きますように って祈ったのが忘れられない・・・。」

 

 

フランソワーズは黙ってうつむいた。

遠い昔の自分と別世界線の自分に 共通するところがあったのかもしれない。

 

 

「それから僕も仲間たちも世界中を飛び回って いろんな価値観に触れて、あの頃とは違う考え方を得、少しはましな対処が出来るようになったと思うよ。

並行して アジアやアフリカの奥地で、古来から信仰を集めていた土着の神が 文明とともに入ってきた新しい神に異端視され、打ち壊された跡を何度も見た。」

 

寡黙なジェロニモは やはり黙って頷いた。最後尾を歩いていたので 誰も気づかなかったが。

 

 

 

「それとあの悪魔とどう関係があるんだ?」

それまで黙っていたジェットが口を開いた

 

 

「もし、君たちの神様がこの島国に上陸して、優勢になったら、神社も森も焼き払われ、古来より伝えられた神々は悪魔として追いやられてしまうんだろうか?」

 

 

「そんなことしないわ。私たちはそんなに愚かじゃ・・・。」

「ありえることだな。」

フランソワーズの訴えはアルベルトの低い声に遮られた。

 

現にヨーロッパ古来の神々は キリスト教に駆逐されて今は歴史の中にしか存在しない。

これは宗教家がどう弁護しようが、まぎれもない事実だった。

 

 

「つまり・・・おまえさんは あの悪魔・・・プルートを、新しい宗教に追いやられた古代神の「なれの果て」ではないかと思ってるのか?」

 

ジェットの脳裏に 猫の頭部の長いドレスを着た女性の姿が蘇った。

あれが・・・神?! 

 

キリスト教のイメージする神とは異なるが、古来から猫の姿をした神は 世界のあちこちに存在している。

 

 「神・・・というからややこしいのかな。キリスト教の神様とはちょっと違う・・・・実体ではない、それでも確かに存在するある種の力を持つ「何か」も 日本では「神」と呼ぶことがあるから。」

 

「ヨーカイってんだろ?」

「うん、まぁ。違ってはないけど・・・。」

 

バチがあたるよ、と日本人らしいことを言ってジョーは笑った。

 

小高い丘を越えると 茜の空を映す海が現れる。

丘からなだらかに下った半島に位置するギルモア邸が 近づいてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、ギルモア邸の3階、バルコニーから筋を引いて立ち上る煙を 西に傾いたハーフムーンが 照らしていた。

 

月の光は、タバコをくわえたジェロニモとアルベルトの横顔もほのかに照らしていた。

 

 

「神・・・か」褐色の肌の大男が大きく煙を吐き出しながら言った。

「俺たちは神様と相性が悪い。」

「まったく・・・わからんことだらけだしな。」アルベルトがタバコをつまんで 多少神経質そうにつぶやいた。

 

「プルートの正体も倒し方も。。。あの別世界から来たと言うジョーも。」

「信じていないのか?」

「一応主張は受け入れてるが・・・全部を無条件に信じているわけがないだろう。」

 

 

ジェロニモが煙の筋をまとった月を見やった。

「あのジョーは 月を通ってこの世界に来たと言っていた。」

 

いきなり何を言い始めたのかとアルベルトが見返した。

「月の夜の部分。あそこが世界を隔てる扉だそうだ。ジョーは月がぐんぐん近づいてきて 月の夜部分をくぐる夢を見た。気がつくとこちらに来ていたらしい。」

「非科学的だな。あれは光が当たってないだけで月の一部だ。」

ふんと肩をそらしてドイツ人が一蹴する。

 

ファンタジーに逃げるのを嫌うだけで、アルベルトがバカにしたのではないことをジェロニモはよく知っていた。

加えて、この世が目に見えるものだけで出来ているのではないことも。

「本来見えないはずの月の夜側が 地球からでも見えるのは 地球に反射した太陽の光が月の夜を照らしてるからだそうだ。」

 

明るく光るハーフムーンでもなく、暗黒の夜空でもなく、薄ぼんやりと浮かぶ月の夜半球は 夜空の中で少し異質な存在として夜空に在った。

 

「そうして月の夜部分に届いた地球からの光が 跳ね返って再び地球へと届いてるわけか。ややこしいな。」

アルベルトが月に向けて煙を吹きかけながらつまらなそうに答える。

 

「月の夜半球は鏡だな。鏡の向こうの世界を考えたことがあるか?」

「ロマンティストだな、ジェロニモ。」

 

アルベルトはむきなおり、空に向かって煙を吐いた。

「あのジョーは鏡の向こうからやってきたのか。」

「そして俺たちのジョーは鏡の世界に連れ去られた。」

 

 

「 エジプトの神話に・・・たしか、そんな鏡があったな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7

 

 

 

異常なエネルギー体発見の報を受けたのは それから三日だった。

 

 

 

ドルフィン号は前回と同様に ステルスモードで東京上空に向かった。

 

メンバーは全員、いつものアラート色の防護服に身を包み、腰にスーパーガンを帯びている。ジョーだけは自衛隊から失敬してきた迷彩の戦闘服を着ていた。

 

 

 

前にプルートと戦ったのは都心のビジネス街だが、今回はやや西よりの住宅地と中規模のビルが混在する地区だ。

警察と消防が付近の住民を避難させ、自衛隊の車両が遠巻きに戦闘配備についていた。

 

都心のビジネス街は働き盛りの体力のある人がほとんどだ。

だが今回は住宅地。病人や子供、老人なども普通に生活している場だ。

戦いにくさは前回以上だった。

 

 

上空から見下ろすと 黒い霧が道路から路地、ビルの屋上から住宅地の屋根までふわふわと漂い、それが通りすぎた後にはは意識を失って倒れた人が点々と散らばっている。

 

 

「プルートの食餌は人の精神エネルギーだ。」ジョーが言った。

「精神エネルギーを食われた人間は 黒い霧が入り込んで奴の手先になるのか。」

「早くこの場から遠ざけなくては・・・」

 

002がハッチから勢い良く飛び出した。

 

ちょうど大通り上空を漂っていたプルートの下に回り込み、ニードルモードのスーパーガンを浴びせる。

実弾は突き抜けてしまうプルートの霧だが、エネルギー系の武器は効果があるらしい。

撃たれた部分がわずかずつ四散し、靄の量を減らしている。

 

巨大な霧の量にしてみれば微々たるものだったが。

 

 

シャアッ と威嚇音を発し、002を追ってきた。

 

黒い霧が伸び、弧を描いて振り下ろされる。ひらりとかわすと今度は至近距離で 飛行装置の噴射を浴びせかけた。

プルートは拡散し、002を霧の中に包みこもうとする。

察して002は すれすれまで引きつけて紙一重にかわし、またもエネルギーの針を浴びせかけた。

 

霧の塊の一部が002に向けて突き出された。

なんなくかわして ジェット噴射で長く伸びた巨大な槍を分断する。

分断された槍の先が四散し、消えた。

 

 

通りの角から 一人の男が飛び出してきた。この地区が封鎖されたことを何らかの理由で知らなかったのか、うごめく黒い霧を見て腰を抜かして座り込んだ。

 

プルートが彼に襲いかかった。

黒い霧が腕を伸ばし、彼の体を撫でた時、失われたプルートの槍が再び現れた。

 

002が男の体にかかっていた黒い霧に 至近距離からエネルギーの銃弾を浴びせた。

男は朦朧としながらもまだ意識はあるようだ。

 

「逃げろ!」002が怒鳴った。

 

「どこでもいい。建物の中の 窓のない部屋を見つけて閉じこもってろ」

男はよろよろと立ち上がり、指示通り近くのビルに入っていった。

 

 

002は脳は通信で仲間につげた

「やつが人間の 何らかのエネルギーを食うのは本当だ。今目の前で見た。」

「じゃあ 供給を断つのが第一だね。」

と008。

 

 

 

都市の地上では思うように戦えなかった002でも 空中ではプルートより一枚上手だった。

黒い霧は震えながら膨れ上がり 上空を制しようとしたのかひときわ高く上昇した。

 

同時にプルートを中心に風が集まり始め、上空に積乱雲が湧き上がってくる。

「雷か?!」

いかに002でも電気より早くは飛べない。

 

やがて渦巻く雲は剣呑な稲光を走らせ始める。 一閃、光が走り地上めがけて雷が打ち下ろされた。

が雷雲のすぐ下にはドルフィン号が割り込んでいた。

002めがけて打ち下ろされた雷はドルフィン号の外盤に引き寄せられ表面を滑って 空中に放電された。

 

「飛行機は・・・特にあれだけ大きな機体なら雷の影響は受けねえ。残念だったな。」

ふんと鼻で笑って 002はさらに攻撃を仕掛ける。

 

二度三度と雷を走らせるが すべてドルフィン号に防がれ、その隙にスーパーガンの攻撃を受け、プルートは怒りに身を震わせて 002への攻撃を強めた。

 

 

「焦れてきたかな?」

モニターで成り行きを観察していたジョーが言った。

「002はひとが嫌がるコト得意やけど、あの化け物でもイライラしてくるね?」

「さあ、そんな知能があれば話はつけやすいんだけどね。」

 

「はなし?」

怪訝そうな一同を気にする様子もなく、ジョーは002に脳波通信を送った。

 

「002そろそろ頃合いだ。」

「了解・・・っと!」

 

何度もプルートの攻撃をかわしていた002だが、次第に敵もその速さに慣れてきたらしい。

攻撃を避けるので手いっぱいになったのか 002はスーパーガンでの攻撃もまばらになってきた。

 

最後の一振り、突然、先端に鋭い爪が実体化し、防護服を切り裂いた。

「うわっ。」

バランスを崩して20m 落下し、どうにか体制を立て直してドルフィン号に向かう。

 

よろよろと迂回して上昇する002を黒い霧が追った。  

 

002の背後を取り、二度三度と鉤爪の攻撃を仕掛けておいすがる。

002はその攻撃をかわすだけで精一杯のように見えた。

 

 

002を追ってプルートはドルフィン号のステルス圏内に入った。

地上から見上げていた人にとっては うるさくつきまとうオレンジのアブを振り払おうとしていた黒い霧が 突然上昇を始め、空の中ほどでふっと消えたように見えただろう。

 

異常気象の雲は始まりとともに なんの前触れもなく人々の視界から消え去った。

 

 

ステルス圏の中で 002はどうにかドルフィンにたどり着いた。硬い合金の甲板に足をついた途端、よろけてその場に倒れこんだ。

勝ち誇ったように つづけてプルートも降り立ち鎌首を持ち上げて盛り上がった。実体化して一気に002を屠る気だ。

 

 

背後から轟音とともに炎の塊が黒い霧を焼いた。

艦内から出撃した006が火炎を霧の悪魔に吹き付けていた。

 

黒い霧が一気に炎に包まれればいいのだが プルートは一瞬早く拡散し燃え広がりを防いでいる。

霧と同時に炎も拡散し消えていたが最初の炎でプルートの霧はやや小さくなったように見えた。

 006に続いて004が甲板に飛び出してきた。 

 

 

プルートが艦橋の中ほどに集まり、実体化してドルフィン号の外盤をかみ砕こうとした。いち早く察し、002のスーパーガンと炎が霧の悪魔を攻撃する。

撃たれるたびにプルートはその体積を減らしていた。

 

二度ほど試みて プルートは分が悪いと判断したらしい。霧となって空中に飛び出し、甲板を離れようとした。

 

が、見えない壁に突き当たったかのように 一定間隔以上艦から離れられない。

ドルフィン号はいま、見えない殻に覆われているようだった。

 

 

 

008は プルートがドルフィン号のステルス圏内に入った時、電磁シールドを張った。

本来、敵からの攻撃を防ぐための電子の壁だが、今は捕らえた化け物を逃さぬための檻だった。

 

プルートをシールドに捉えた時、気付かれぬようゆっくりとドルフィンを発進させていた。

今や関東圏から外れ、水平線の向こうに富士山の頭だけがぽつんと見えるほどの外洋に出ている。

 

008はドルフィン号をゆっくりと降下させ始めた。

 

 

 

閉じ込められたと察したプルートは 鋭い咆哮を上げシールドに強力な体当たりを食らわせ、効果がないと判断するやサイボーグ達に向かった。

牙が実体化し、ドルフィンの外盤にかじりつき、いくらかもぎ取られた。が、実体化したと同時に 006が火炎攻撃、002と004がスーパーガンで攻撃を加えるので ドルフィン号は決定的なダメージをうけてはいない。

 

何度目かの攻撃で プルートはふっと拡散した。逃れようとしたのか それまでと違う攻撃を試みようとしたのかわからない。拡散した霧がドルフィン号のエンジンの一つに吸い込まれた。

 

「しまった。」

 

実体ならバードストライクとなって エンジンにダメージを与える。だが、霧の状態のプルートは?

002と004が油断なく身構えた。

 

「エンジンの熱で  燃えた?」

「まさか」

 

 

脳波通信が3人の頭に響いた。

「002! Bブロックに入られたわ。」

 

同時にエンジンが火を吹いた。

 

操縦室ではドルフィン号各所の異常を知らせるアラームが響いていた。

「着水急ぐ」

「隔壁を破って侵入したの。すぐ燃料供給パイプを閉じたから引火はしないわ。今ジョーと005が向かってる。」

「オーケー、俺たちも向かう。」

002はハッチに向かいながら振り返って

「006、もう一度プルートをここに追い出す。守りを固めておいてくれ。」

「ハイナー。任せるアルネ。」

威勢のいい声を背に ジェットとアルベルトはドルフィン号の船内に駆け込んだ。

 

 

 

 

ひっきりなしに警報が鳴る廊下を駆け ジョーとジェロニモはBブロックに到達した。

廊下の曲がり角に身を隠しながら、向こう側にジェロニモが周り、挟み討ちの陣形を作った。

 

ジョーの背後に006と002が追いついてきてジョーを見るなり怒鳴った。

「丸腰で何しにきやがった。下がってろ。」

 

 艦内に侵入したものの、甲板での006達のと戦いで消耗したのか、プルートは廊下の中ほどでもやもやとうごめくだけで、すぐには攻撃してこない。

 

002が腰のスーパーガンを抜いた。

「艦内だぞ。」ジェロニモが脳波通線で止めた。

「ニードルモードで削る。今ならやつを倒せる。」

 

言うなり、004とともにプルートにエネルギーの針を浴びせかける。005は巨体に似合わぬ素早さで廊下の向こうに身を隠し、援護射撃を開始した。

 

狭い艦内で両端を固められた廊下ではプルートに逃げ場はない。大きくのたうちながら、次第に黒い霧は削られていった。

「待ってくれ。」

怪訝そうに002と004がジョーを振り返った。

「待ってくれ。あの悪魔を殺さないで。」

「あ?」「おまえ、何言って・・・。」

「あれは僕と この世界の009が元の世界に戻るための手段なんだ。」

「なんだと・・・」

一瞬の攻撃の隙にプルートは襲いかかった。

 

黒い霧が廊下いっぱいに拡散し、傘を広げて襲いかかってきた。

ジェットを突き飛ばしてジョーが霧に巻き込まれる。

黒い霧は各所で渦巻きながら捕らえた獲物を徐々に飲み込んでいく軟体動物のように蠢いていた。

 

「おい・・おまえ、ジョー!」

002の叫びに霧の中から答えはない。スーパーガンを構えながら005と004もジョーごと撃つわけにいかず、攻撃できないでいる。

 

黒い霧の中はそれだけで別次元のようだった。

前後左右、足元さえも永遠に続く空間の中で、それでいてじわじわと周囲から悪意の雲が押し寄せてくるようだった。

 

ジョーは左手で頭をかばい、右手を突き出してそろそろと進んだ。

何時間も進んだか、数秒だったか、どちらにしても廊下の突き当たりまでは優に越える距離を進んでいる。

霧の中は感じた通り、悪魔の腹の中、別の次元なのかもしれなかった。

 

灰色から黒い霧のうごめく世界の先に 小さくともる光があった。いや、光というほど強くもない。ただそれは悪意に満ちた霧の世界にぽつりとともるため息のようでもあり、極寒の雪山にともる山小屋の頼りない灯火のようでもあった。

 

ジョーは右手をいっぱいに伸ばし、それに触れた。

ふわふわと揺れるそれはジョーの手のひらに気づき、戸惑ったようだった。

 

それの 「名」を呼んだ。

 

 

ジョーを包み込んでいた霧がびくりと震え、ゆっくりと拡散し始めた。

中からジョーの背中が見え、ゆっくりと後ずさりして霧から抜けだす。 内部から何かを引き出そうとしているようでもあった。

 

最後に前方に突き出されたジョーの右手が霧から現れる。それは何かふわふわとほのかに輝くものを握っていた。

 

ジョーの右手の光がすっかり霧から引き出された時、霧はお互いを引き寄せる引力を失ったように拡散し、床付近に漂った。

なんだよ、それ。」

 ジョーが大事そうに両手のひらに包んだ何かを指して002が言った。

 

その時だった。漂っていた黒い霧が一気にまとまりジョーに襲いかかった。

いや正確には ジョーの手で輝くものに。

「危ない。」ジェットがとっさに銃を構えたが、ジョーをかばったために一瞬遅れた。 胸に爪を受け、吹っ飛ばされる。

 

ジョーが光を左手に持ち替え、002の手からもぎ取った。

 

襲い来る霧に向けて引き金を引くと

ニードルモードのエネルギー弾が霧の悪魔に無数の穴を開けた。

 

 

 

 

「008!」

脳波通信でジョーが鋭く叫んだ。操縦室の008の指がボタンを押した。

 

音を立てて大量の水がスプリンクラーから噴き出された。

核をなくした黒い霧は あっさりと水圧に潰され水に混じって流れていく。

 

びしょ濡れになりながらも ジョーは引き出した何かを襟に入れ両手で覆って、水に濡れるのを防いでいた。

 

「006」004が甲板で待機している006に呼びかけた。

「いま排水された水が確認できるか?」

「アイヤー、待つあるね。・・・あるアル。黒っぽいもんが浮かんできたね。」

スプリンクラーの水と共に排出された黒い霧の粒子は 海面に浮かび上がり張り付いたように漂い始めた。

「006!そいつを焼け。」

「了解あるね。」

007が小型艇を引き出してきた。006が乗り込み、海面を炎で何度も撫でた。海はもうもうと湯気を上げ、その中で黒い粒子はジリジリと焼けて消えていった。

 

 

 

 

 

 ジェロニモ、ジェット、アルベルトが水を滴らせながら ジョーの周りに集まった。

 

「なんだ?それは。」ジェロニモが問い、

ジェットがジョーが大切に手のひらで包んでいるものを覗き込んだ。

 

 

「神様だよ。」ジョーが うふふと笑って答えた。 

  「かみさま?」アルベルトも覗き込む。

 

 

そっと開かれた手のひらで丸く輝いてたものは ゆっくりと光を落とし、黒い小さな生き物の形を作った。

 

 ミャウ・・・

  

 

「ねこ!?」 3人の声が重なった。

 

本物の猫ではない証拠に、僅かに輪郭がぼやけて半透明にジョーの手のひらが透けて見えている。

 

 「そう、最古の猫の神様 ナジェム。」

 名を呼ばれて 黒い猫はジョーの右手のひらにすり寄った。

 

 「悪魔プルートは 魔界のエネルギーがナジェムを核にして集まったものだったんだ。」

 

「はぁ。。。」

ジェットは 気が抜けたように頷いて、ナジェムと呼ばれる猫とジョーを見比べた。

 

猫は気持ちよさそうにジョーの右手に体をぴったり体を押し付けている。

さっきジェットの銃を扱った右手。手首から甲にかけて心なしか華奢な・・

 

「おまえ・・・その腕、もしかして。」

「そう、きみの『ジョー』の腕を借りてる。」

 

 ジョーが猫の喉をくすぐるとナジェムは満足そうに喉を鳴らした。さっきより体の線がしっかりして、半透明だった体が色濃くなった。

 

 

 

 

 

 

 

「さっき こいつがいないと元の世界に戻れないと言ったな?」

ジョーが頷いた。

 

「なぜだ?」

「なぜ? 君は僕がどうすれば戻れるか知ってる?」

 

「ここへ来る時と同様 アキラとやらが呼び戻すんじゃないのか?」

「さあ・・・」

首をかしげるジョーに 他の3人が慌てた。

「さあって。」

 

「僕もここへきてから気づいたんだ。同じ世界の人を別の世界に飛ばすことはできても たくさんある平行世界から一人を見つけて呼び戻せるだろうか?」

ジェットが身を乗り出した。こいつが戻れないなら 彼の「ジョー」も・・・。

 

「そのへんの約束をせずにこっちに来たのか?」

「アキラ君は戻ってこられないとは言わなかったから。でも今となってはアキラ君といっしょにいるアスカさんが気になって。。。」

 

「アスカさん?」

「アキラ君とやらの友達・・・と言ってたな?」

ジョーは頷いて

「そう、僕がプルートを追ってこの世界に行く事を 最初に勧めたのは彼なんだ。彼はアキラ君と同等の力を持つ僕を疎んじてた。」

「って、おまえはアキラ君とやらの敵じゃないんだろ?」

「『今日の友は明日の敵』を信じる人みたいだよ。」

 ジョーはあっさりとしていたが、万一の時元の世界に戻る方法を考えていたのだろう。 

 

「そうなると頼れるのはただ一人。別世界への扉を開けるのはプルートだけだ。」

子猫は赤い口をぱかった開いてあくびをした。

 

 

「事情はわかった。」アルベルトが 人工皮膚で覆われたほうの手のひらをこちらに向けて言った。

 

「だが、そいつはただの猫じゃない。そいつはエネルギー生命体で、高い殺傷能力を持っている。悪魔に操られていたのかもしれないが現に人を何人も襲っている。野放しにはできない。」

  「連れて帰ると言っても?」

「お前の世界のどこにその猫の居場所がある?」

ジョーは微笑んで大丈夫だと言った。

「僕の国は八百万もの神様がいる。猫一匹増えたところで誰も気にしやしない。見逃してくれないかな?」

 

「一匹で大勢の人間を殺す能力があるんだぞ。どちらの世界でも また暴れられたら今度こそ大惨事になる。始末したほうがいい。」

  

「その理屈だと、僕なんか真っ先に死刑だね。」

 

 

そうじゃなくて・・・アルベルトとジョーの間にジェロニモが すいと入った。

 

「その猫、さっきより姿がはっきりしたのではないか?」

猫はさっきよりもさらに姿がはっきりしている。

 

「人の生命力かなにか・・手のひらから力を得ているのか?」

「そうみたいだね。神様は 人の信仰を集めると力が強くというけど、君たちの手はエネルギーを与える機能が並外れているのかも。」

 

何と言ってもあの強力なスーパーガンのエネルギー源なんだし、と言ってジョーは大事そうに猫を胸に抱いた。

「アルベルトの懸念はわかる。でも見逃してくれないかな?

このこが悪魔に取り憑かれたのは人の勝手な先入観と迫害だ。もともとは ナイル川のほとりでのんびり暮らしてた猫なのだから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョーはふと目を覚ました。青い夜、虫の声が屋敷の周囲を覆っている。

 

隣に眠る赤毛の青年は くっきりとした窓枠の影を肌に乗せて安らかな寝息を立てていた。白い肌が月光に濡れてほのかに輝く。

ひととき見とれて 上体を起こして外を見ると、まだ朝は東の稜線の彼方、気配もみえない。濃紺の空には下弦の月が天の高みを目指して登り始めていた。

 

「ニャ・・・」

黒い猫がジョーの腕に首筋をこすりつけてきた。

抱き上げて 耳の後ろに口づけし、いっしょに窓の外の景色を眺めた。

 

「みんなはどうしているかな・・・」

つぶやくジョーを 猫は不思議そうに見上げて、ゴロゴロと喉を鳴らした。

 

「本当に、おまえが連れて帰ってくれたらいいんだけどね。」

微笑みかけて ジョーは猫を抱いたまま 再びシーツの中に身を沈めた。

 

もう一方の腕を伸ばし、隣に眠るジェットの肩にシーツをかけてやる。

 

 

額にかかる前髪、極端なほど通った鼻筋、閉じられたまつげの奥の青い瞳・・・

もう一度、しっかり記憶に刻みつけて 瞼を閉じた。

 

 

 

 

輝く濃紺の空を ジョーはぐんぐん上昇していた。

 

秋の深まりを感じさせる冷ややかな風が頬にあたる。

夢を見ているのかと思って、手足を探ってもシーツの感触はなかった。

 

懐でふわふわした温かいものが動いた。

「ナジェム・・・」

 

 

猫はジョーの懐で薄眼を開けてこちらを見たが、 また目を閉じて 満足そうに寝息を立て始めた。

 

夜空の中で ジョーの身体は ゆっくりゆっくり回転していた。 眼前の景色もそれに合わせて移動し、夜空に散りばめられた星々が やがて寝静まった街の灯火に変わっていくのを 美しい映像のようにながめていた。

 

ふと気づくと 大きな下弦の月が目前に迫っていた。

地上に目をやると、だいぶ小さくなったとはいえ、街の明かりが判別できる。

 

まだ大気圏内なのに月がこんなに間近に・・・・

 

戸惑う間にも月はさらに近づき、視界いっぱいを覆うほどになった。

今の時期、月は夜の部分が大きい。月の夜半球は 地球の海に照らされて真っ暗な空間にぼんやりと青暗い物体を晒していた。

 

その夜半球がずれた。

ずれた境目の向こうは 暗黒の空間が見て取れて、それは次第に広がっている。

 

やがてずれではなく、夜半球が扉のように開いたのだとわかった。

月の夜の部分が昼と接する部分を軸に 宮殿の扉のように重々しく開いていく・・・。

 

 

ジョーの身体はその開いた隙間に吸い寄せられていった。

 

扉の向こうにポツンと光る星があった。

 

近づくにつれ、それが星ではなく、明るい髪の色の少年だとわかった。

彼もジョーと同じようにゆっくりと回転しながら、ジョーとは逆に扉の向こうからこちらに運ばれている。

 

吹き込んだ風が 彼の髪を優しく揺らしていた。

 

 

 

月の扉を境に二人は吸い寄せられ、すれ違った。

 

 

 

 

 

その一瞬、もう一人の自分の顔が月の光に照らされた。

閉じられた大きな瞼 柔らかな頬の線、白い肌、意志の強そうな太めの眉・・・

 

ああ、あれがあの世界の僕なのか・・・

 

一瞬の邂逅のあと 余韻を残す間もなく、ふたりは急速に遠ざかっていく。

月の扉の向こうとこちらに・・・

 

やがて夜半球の扉もゆっくりと閉ざされていった。

 

 

月とジョーの間に 巨大な翼が割り込んできた。

 

「ああ。」ジョーは手を差しのべた。

 

「きみか。 迎えに来てくれないのかと思っていた。」

 

「はぁ?」 大翼の悪魔はぐいと顔を寄せ、呆れた声をあげた。

「そんなわけねえだろ。」

 

「そうだね。。。ただ・・・、たくさんある別世界線からよく僕を見つけられたね。」

「ばか、向こうのお前がいるんだぜ。そいつを向こうに返したら自動的にお前が入れ替わって戻ってくるさ。」

「ああ・・・そういうこと・・。」

ジョーがくすりと笑った。その笑顔を見て 多少は思うところがあったらしい。

「まぁ、了のヤツは・・・」

などと 彼らしくもなく口の中で言葉を濁したところを見ると、ジョーの心配は あながち取越し苦労とも言えなくなさそうだった。

 

 

 

ナジェムが懐で小さく鳴いた。大翼の悪魔が猫を見とめた。

「プルート・・・そうか 悪魔気が取り除けたか。」

「うん、今は古代の神・ナジェムだ。」

 

大翼の悪魔は にっと唇を引いて笑った。

「やるじゃねぇか。助かったよ。」

ジョーは微笑見返し、今は遠くなった月を見上げた。すでに扉は閉ざされ、見慣れた青暗い地球照が浮かんでいる。

 

悪魔も つられて見ていたが、やがて大きく羽ばたいた。

 

「もう少し寝てろ。目が覚めたらおまえんちだから。」

 

「うん・・・」

言われるまでもなく、ジョーの瞼は閉じられつつある。

 

「意識があるとうまく墜とせない。ここはまだ亜空間・・・。」

そんな声が意識の向こうに滑らせながら ジョーは猫を抱いたまま再び眠りに落ちた。

 

 

 

大翼の悪魔はしばらくその寝顔を眺めていたが、やがて眼下の灯の海に ジョーの身体を導いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私にとってゼロデビジョーは いちばん安心して見ていられる「ジョー」であります。

(あくまで個人の見解です)

 

 思春期の頃はすぎているだろうと、歳も勝手に20歳台前半に設定すると  

明るくマイペースで新ジェットを手玉にとってるジョーになってしまいました。

 イメージ違ってる方はごめんなさい。

 

いっぽう新ジェットは大人っぽい性格でなければならないのに、かなり平ジェットに傾いてます。

こちらも併せて ごめんなさいです。

 

 

 


 

 

今回のアンソロジーは 初めての紙媒体での作品発表でした。

 

初心者の私めに 印刷原稿の作り方からレイアウトまで 丁寧に教えてくださった主催者様には

心から感謝いたします。

 

しろくま

05.Oct.2017


 

 

 

このページの作品を作るきっかけになったアンソロ29シャッフルに寄稿した作品を再録しています

↓  

29シャッフル 

 

 

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